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No think!

No think! は丸の内の箱屋、箱根ヶ崎が「人生を最高に旅せよ!」を合言葉に”旅や移動する事”を楽しむブログです。

ミニマリスト志望でも立体造形物が好き

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立体造形物が好きだと言う事とモノの話。 

 

www.meguminimal.com

本多メグさんの記事を読みまして。

物を大切にするタイプの友人は「大好きなものに囲まれていると幸せ」と言います。しかし私は、大好きな「物」って思い浮かびません。手触りの良いタオルとか、美しい柄のティーカップとか、大好きなデザインのワンピースとかでしょうか。

私にとって、物は「一期一会」で良いような気がしています。素敵なカップは、お店や美術展で見ればいい。それを持ってしまったら、1年後もお付き合いしないといけないですし、管理する場所を考えるのも嫌ですし、お手入れするのは超・面倒です。20万円するブランドのバッグとか要らないです。絶対管理に気を遣うでしょうから。

 

モノは「一期一会」

モノに対して一期一会なる感覚を持ったのは比較的最近の事だ。

もっと言うと、一期一会で巡り合えたモノは僕に対しての役割を終えたら次の一期一会の出会いに旅立っていくべきだ。

使い捨ての物は仕方ないけど、服だったりバッグだったりまだ使えるのに使わない、死蔵してあるモノって誰にでもある。

 

僕は「道具はどこまでいっても道具であって、使わない道具は道具に非ず」と思っている。

どれだけ高価な物だったりしても結局は道具なので、使わない事にはその道具本来の目的は果たせていないと思う。

p-n-3.hatenablog.com

以前、記事で書いた事でモノには「本来の役割である機能」と「それを所有する事によって生じる価値=記号」の2種類の価値が同時に存在する。

モノの価値としてどちらも並存するし、そのどちらが所有するきっかけになっても良いのだ。

 

ただ、ミニマリストやそれに類する人はより前者の価値に重きを置く傾向が強いだけだと思う。

本来の役割を重視して、所有する事の価値のウェイトが低くなるから自然と死蔵してあるモノが少なくなる。

すごく良い循環だと思う。

 

地元・岐阜の友達で似たような人がいる。

人と話す事が好きでその友達の家には常に誰かしら客が居るんだけど、自然と知らない人同士仲良くなって大抵酒を酌み交わしている。

 

男女関係なかったり、地元の社長だったり個人開業医だったりフリーターだったりなんだかよくわからない人がよく来る。

子供の時、よくお世話になった耳鼻科の先生とか来るので恐ろしい。

 

で、その家で振る舞われる酒も旨いけど器がヤバい。

どのくらいヤバいかと言うと、人間国宝の陶芸家が焼いた美濃焼の器とかで酒が出てくる。

なんか飲むコップとか無いの? って言うと、適当に出して使っていいよとか言われるけどお値段プライズレスな器で飲み会とか粗相があった時の事を考えると全くもって恐ろしい。 

美濃焼 麺鉢・丼 しぶき 切立丼 黒 K80313

美濃焼 麺鉢・丼 しぶき 切立丼 黒 K80313

 

 

そう考えると「道具はどこまでいっても道具であって、使わない道具は道具に非ず」とか偉そうな事は言えないので申し訳ない気持ちになる。

 

そういう意味ではメグさんも僕の友達も「所有する事によって生じる価値」に重きをおかず、本来の機能に価値を見出している、のだと思う。

 

立体造形物が好き

話は少し変わって、僕は立体造形物が好きだ。

幼少の頃は誰もが一台は所有したミニカーやプラレールで遊んでいた。 

トミカ No.84 トヨタ ヴェルファイア(箱)

トミカ No.84 トヨタ ヴェルファイア(箱)

 

 学生の時はプラモデルを作ったりして色々な物を買った。

本を読むのが好きな人が居たり、スポーツで体を動かすのが好きな人が居たり色んな人がいるけど、僕は立体物を見たり触ったりするのが好きなのである。

 

10代の頃は身近にある車や飛行機、戦車が好きだったし、20代の頃はプラモデルや廃墟が好きだった。

30代の今は、それらも好きだけど気になっているのが陶芸だったり現代美術だったりする。

10~20代の時は身近にある物だったり、単純に形良い事が気に入る理由だったけど、30代の今はそれに加え、モノの奥行きと言うかその形から想像する所が好きだ。

 

現代美術とか陶芸の器ってそこに提示されている情報が複雑で多分に想像する余地がある。

その想像する部分がすごく楽しかったりワクワクする。

焼き物の色とか形とか画一的でない部分が凄く良いと思う。

 

現代美術も言葉にできないほど複雑な情報が目の前に提示される時がある。

そこから色々と想像したり考えたりする事が凄く楽しいのだ。

 

以前、池内晶子の展示を見た時に衝撃を受けた。

www.yamasa.com

赤い色の絹糸を紡いで空間に出現した作品は事前にパンフレットで見た物と迫力も存在感も何もかもが違っていた。

今週の週末限定で港区で展示があるので行こうか非常に迷う。

色々な現代美術の作品を見たけど池内晶子の作品を見た時に「言葉ってすげー無力だな」と痛感する事請け合いだ。

 

目の前に出現した作品を形容する言葉が見つからないので1時間位ずっと作品の前をうろうろできる。

どっから見ても言い様のない勢いと言うか迫力と言うかなにかしら鬼気迫る物を感じられる。

 

そう考えると「立体造形物が好き」と言うより「立体物が提示した情報から想像する事が好き」と考えた方がいいのかもしれない。

一方で、手に取って触る事も好きなので結論としてはなんだかよく解からないけど、立体物を触ったり感じたりするのってすげー楽しいよ!

Akiko Ikeuchi

www.aipht.artosaka.jp

 

トップ画像:Zcool.com.cn

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